道東を舞台に「実学」を追究する北海道オホーツクキャンパスの実力とは?
東京農業大学が北海道オホーツクキャンパスで毎年行っている高大連携教育プログラム『オホーツク学』。
2025年は、7月30日から3泊4日の日程で開催され、関東・関西から計120名の中高生が参加した。
世界遺産・知床の大自然を舞台にした実験やフィールドワーク中心のプログラムで、参加者たちは何を体験し、何を学んだのか?
聞き手・構成 河村卓朗(SINRO!編集長)
「高校生は意外と大学に行って何をするのかイメージできていません。自分で手を動かして実習などを体験することで、大学生活を自分ごと化できるのだと思います」
そう語るのは、神奈川県の私立高校の先生。東京農業大学北海道オホーツクキャンパスで行われた高大連携教育プログラム『オホーツク学』の現場でのコメントだ。
プログラムは2025年7月30日(水)から8月2日(土)までの3泊4日の日程で行われた。舞台は北海道の知床エリア。関東・関西から計120名の中高生が参加し、実験やフィールドワーク、ディスカッション、発表などさまざまなプログラムに挑戦した。
近年、「高大連携による教育プログラム」に力を入れる大学が増加傾向にある。新学習指導要領で「探究型学習」が重視されるようになったことで、特定の分野に高い能力と強い意欲を持ち、大学レベルの教育研究に触れる体験を求める生徒が増えていることが背景にある。そこでますます高校と大学が相互に連携した教育の機会が求められているのだ。
東京農業大学では、これまでも北海道オホーツクキャンパスを会場として、北海道の農業、野生動物、海洋水産などを題材にフィールドワークを主体とした高大連携教育プログラム『オホーツク学』を実施してきた。3泊4日という長期で行われる体験型プログラムは全国的にも珍しく、毎年参加者は増えている。北海道の雄大な自然を満喫しながら、大学の学びも体験でき、さらに探究学習のテーマ探しもできるとあって、参加する中高生の満足度も高いという。

ここで改めて、東京農業大学北海道オホーツクキャンパスの紹介をしておこう。
北海道網走市にある自然と一体化した広大なキャンパスには、生物産業学部が設置されている。自然科学と社会科学を融合した教育体系が特色で、北方圏農学科、海洋水産学科、食香粧化学科、自然資源経営学科がある。
敷地内には、エミューやエゾシカの飼育施設があり、森林や海洋で行うフィールドワークにもすぐにアクセスできる環境が魅力だ。ここで、生産、加工、ビジネスなど幅広いテーマに取り組む4学科が、学際的な面で有機的につながった学びを展開している。
学生の約9割は北海道外出身者で、親元を離れてひとり暮らしをしながら、先輩や教員の手厚いサポートを受けて学んでいる。

『オホーツク学』には、毎年テーマが設定されている。これを生物産業学部4学科が持ち回りで担当している。
今年のテーマは、「オホーツクで追究するリアルビューティー」。食品、香り、化粧品の分野で教育・研究を行う食香粧化学科がプログラム内の体験実習を担当した。
プログラム初日は、まず関東・関西から北海道オホーツクキャンパスの最寄りである女満別空港までの移動がメイン。夕方に到着した生徒たちは、地元レストランで道産食材を使った夕食を楽しみ、翌日からのフィールドワークに備えた。
一方、同行した高校教員と大学教員の交流会も催され、高大連携に関するディスカッションも行われた。
2日目は、午前中から斜里町の公民館「ゆめホール知床」に集合し、座学のレクチャーからスタート。
タイトルは「知床に学ぶ美と化粧品〜自然と科学と未来〜」。日焼け止めなどスキンケア化粧品の成分やその効能、さらに知床エリアにある天然の化粧品素材について学んだ。香料の素材となるハマナスの花、抗酸化作用が期待されるハマナスの実、保湿効果のあるシラカンバ(白樺)の樹液などが紹介され、実際に食香粧化学科の学生が商品開発を行った事例なども知ることができた。
化粧品の素材として利用される植物のいくつかは、午後の知床トレッキングで実際に観察できるとのこと。これこそまさに、食香粧化学科が北海道オホーツクキャンパスにある理由だと言えるだろう。

講義の後は、実習タイムへ。生徒たちは、5〜6人のグループに分かれ、「日焼け止めクリームの作成」に挑戦した。
まずは小瓶に入れた油性原料と水性原料を攪拌する作業から。撹拌棒を使って、生徒一人ひとりが原料の乳化を体験した。
その後、乳化した日焼け止めクリームの原料を特製の台紙に塗り、装置を使って紫外線を当ててみる実験に挑戦。自作のクリームが、UVカットの効果を発揮しているかを科学的に確かめることができた。
続いて、実験は「調香」の工程へ。各グループのテーブル上に並ぶ香料をベースに、オリジナルフレグランスの調合に挑戦した。
配られた香料には、「ハマナス」「シトラス」「ムスク」「フルーティ」「ウッディ」「ハーバル」などのラベルが貼ってあり、確かに香りも異なる。生徒たちはスポイトで注意深く、日焼け止めクリームに香料を合計20滴ほど垂らし、自分好みの香りを完成させていく。
「おしゃれな匂い!」「トイレみたい!」とさまざまな感想が飛び交い、会場は大いに盛り上がった。


ランチタイムを挟み、午後はフィールドワークとして、「知床トレッキング」へ。10名×12班に分かれ、ネイチャーガイドと一緒に、知床半島の大自然を歩いた。
道中では、午前中の講義で学んだ、シラカンバ、トドマツ、チシマザサといった化粧品の原料となる植物も実際に手に取り観察できた。高台から知床半島を眺めることもでき、生徒たちは北海道の大自然を体感する機会となった。

2日目のポイントは、“見て、感じて、考える”こと。まず午前中に天然資源が化粧品に利用されていることを産業面から学び、午後は現場に出て原料となる植物の生態を知り、産業利用への道筋を考えた。
生徒たちはオホーツクを舞台に、「自然」と「科学」と「未来」を結びつける意識を身につけることができた。

3日目は、ついに北海道オホーツクキャンパスへ。
午前中は、生物産業学部4学科の発表に耳を傾けた。冒頭の挨拶では、千葉晋学部長からこんな言葉が届けられた。
「今回のプログラムは、内面・外面の“美”を探究するのがテーマです。オホーツクを舞台に将来につながる研究テーマを探してほしいと思います。
実験やフィールドワークで見つけた課題は、1つの専門性では簡単に解決できません。そのため4学科の『総合知』で挑戦するのが、北海道オホーツクキャンパスの学びです。今日は、さまざまな研究テーマに触れ、大いに議論しましょう」
その後、教員と学生による学科紹介と研究発表へ。
食香粧化学科の学生はアザラシオイルを対象とした化粧品への活用法の研究、北方圏農学科の学生は知床の原生林を観察する研究、海洋水産学科の学生はアザラシの生態調査、自然資源経営学科は近隣で獲れるモクズガニを使ったインスタントラーメンの商品開発をテーマに発表を行った。

なかでも印象に残ったのが、自然資源経営学科の学生の発表。オホーツク産のモクズガニは、高級品として知られる上海ガニと同種ながら、知名度がまだまだ低いことが課題になっていた。そこで、海洋水産学科の指導のもと近隣で廃棄される野菜をモクズガニに与えて、ミソの旨味や甘味の成分を向上させる養殖実験に挑戦した。
食香粧化学科と共同で行った分析の結果、旨味成分であるグルタミン酸含有量が増えたことを科学的に証明した。さらに、廃棄野菜を与えたモクズガニにはアンチエイジング効果が期待されるアスタキサンチンも多量に含まれていることも明らかになった。
そこで、学生たちは商品化の試作として、モクズガニのインスタントラーメンを考案。試食会やアンケート調査を行い、さらに味の改善や認知度向上に向けた努力を続けている。これこそ、海洋水産学科や食香粧化学科の分析で得られた知見を自然資源経営学科が、商品開発のブランディング戦略に生かした好例だといえる。
このように学科の垣根を越えて、ひとつの研究テーマに取り組めるのが生物産業学部の強みだ。一つの専門領域だけでは解決が難しい複雑な問題に対し、複数分野の知見やアプローチを統合・連携させることで、新たな知見を得たり、より多角的に問題を捉えたりすることができるのだ。
学科をまたいだ研究の事例を聞き、発表を聞く生徒たちも興味津々の様子だった。


その後、生物産業学部の教員や学生と参加した生徒たちの交流タイムへ。ヒグマやエゾシカの剥製、さらに各学科の研究ポスターが並ぶ教室で、発表に関する質問や議論が活発に行われた。
本気で世界を変えようと世界初の研究に挑む先輩とリアルに話せる機会は貴重なもので、交流会の会場は今回のプログラムで最も盛り上がっていた。



午後からは、プログラムのテーマである「美」から「地方創生」という視点を意識したミニシンポジウムを開催。オホーツクで新たなビジネスを始めた移住者と彼らを受け入れる地元企業の代表が登壇し、オホーツクの魅力を語った。
ここで事前に生徒たちに課題が告げられる。それは、今回の「ミニシンポジウムのタイトルを考える」というもの。シンポジウムを思わず聞きたくなるようなタイトルを考えるべく、生徒たちは登壇者たちが発する言葉を聞き逃さないように注意深く耳を傾けた。
シンポジウムの後は、グループごとに分かれて、農大生のファシリテーターと一緒に課題に関するディスカッションへ。途中、キャンパスツアーなども挟みながら、熱心な議論が続いた。
そして、3日目の締めとなる発表の時間。各グループの代表が、思い思いのタイトルを発表していく。「自然も道民」「北緯44度で育む美的感覚」「都会の人が見つけた本物の共存」など、センスが光るものも多数あった。計20班が考案したタイトルには順位をつけず、盛大な拍手とともにフィナーレとなった。

最終日となる4日目は、移動日。午前中にホテルを出発し、振り返り学習をした後、女満別空港からそれぞれ帰路に就いた。
参加した生徒たちに話を聞くと「実習を経験し、文理選択の参考になった」「大学の先生や先輩を身近に感じることができた」といった感想があがった。
また、引率した高校教員から「実習設備や広大な自然に囲まれた環境面の充実ぶりをキャンパスツアーでじっくり見て、北海道オホーツクキャンパスのイメージがすっかり変わりました」という言葉が聞けたのも印象的だった。
確かにオホーツクの大自然はスケールが違う。森に行けばエゾシカ、海に行けばクジラやアザラシを簡単に見ることができる。「自然」「環境」「食」「美」「ビジネス」などのキーワードに興味がある受験生なら、ぜひ東京農業大学北海道オホーツクキャンパスを視察してみるべきだろう。そこには、本州では体験できないダイナミックな学びの世界が広がっている。


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