飲食業の未来は、「食育」の先にある。
料理番組の解説者としてお茶の間でも知られる服部栄養専門学校の服部幸應校長。
料理学校を経営する家庭に生まれ、幼少期から「食」にまつわる教育を受けてきた経験をもとに、20年以上前から「食育」の普及活動にも力を入れている。
現在のSDGsにも通じる「食育」の概念は、同校の教育にどのような指針を与えているのか。
服部校長が考える「食」の未来、そして、次世代の調理師・栄養士に求められる資質について詳しくうかがった。
聞き手・構成 河村卓朗(SINRO!編集長)
『料理の鉄人』といえば、今の高校生の保護者の世代であれば、誰もが知っているだろう。和食の道場六三郎氏、フレンチの坂井宏行氏など、数々のカリスマ料理人を生み出した伝説の番組で、解説・監修を務めていたのが服部栄養専門学校の服部幸應校長だ。
ほかにも『ビストロSMAP』、『愛のエプロン』など数多くの人気番組やコーナーで料理監修を務めた服部校長は、日本に「食育」という概念を根付かせた人物としても広く知られている。
「私は1990年代から、食育を通じた子どもの健全な育成や生活習慣病予防、地球環境保護などを提唱してきました。小泉純一郎内閣時代の2003年から政府の『食育調査会』にアドバイザーとして参加し、2005年の食育基本法の制定にも尽力しました。
教育の三本柱である知育、徳育、体育に加え、新たな柱として食育を位置づけたいという強い想いがあったのです。食育の考え方は、今も服部栄養専門学校の教育の根幹にあります」
服部校長は、食育の普及活動に力を入れていた2000年代から、食育によって、「サステナビリティ(持続可能性)」、「エコロジー(環境保護)」、「バイオダイバーシティ(生物多様性)」を推進することの大切さを提唱してきた。それは、現在ますます注目されるSDGsのコンセプトにつながるもので、その先見性に驚かされる。
「小学校の頃、近所の遊び場だった池で魚が大量に死んでいたことがあったんです。おそらく農薬によるもので、これが環境問題に関心を持つきっかけになりました。
その後、1970年代に、レイチェル・カーソン(アメリカの生物学者)の『沈黙の春』を読んで、環境問題は他人事ではないという危機感を持ちました。
食育やこれにつながる環境問題、世界の食料事情について、しっかり発信していこうと思ったのは、こうした経験がベースにあります」
服部校長の尽力もあり、「食育」という言葉は、今や日本人の誰もが知るものとなった。しかし、その背景には、日本が直面している食に関するさまざまな問題があるという。
例えば、日本の食料自給率は38%(2021年度)で、72%を輸入食品に頼って生活している。このような情報を日本人の多くは知らないのが実状だ。
「日本の食料は自給分と輸入分を合わせて、年間8291万トンあるのですが、そこから出てくるゴミを調べると646万トン(平成28年)もある。これほどの量の食べられるものが捨てられている。そして、その廃棄に2兆円ものお金がかかっている。
こうした事態について、しっかりと問題意識を持った次世代の調理師・栄養士を育成したいと思っています」
食育と聞くと、「学校でトマトを栽培する」といった活動を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、食育は経済や自然の問題を地球規模で意識するためのグローバルな取り組みなのだ。SDGsの目標達成にも通じる服部栄養専門学校の食育の3本柱は以下の通り。
いずれも服部校長が語っていた内容が色濃く反映されている。
服部栄養専門学校には、調理師科、栄養士科の2分野があり、昼間部、夜間部のさまざまなコースが用意されている。
まず、調理師、パティシエを目指す学生が通う調理師科の「調理師本科」は昼間部・夜間部合わせて定員400名。ほかに昼間部1年制の「調理師本科パティシエ・ブランジェコース」(定員40名)もある。
なかでも服部栄養専門学校の幅広い教育を存分に受けられるのが、昼間部2年制の「調理師本科調理ハイテクニカル経営学科」だ。
ここでは、西洋料理、日本料理、中国料理の基礎から最新技術までを学べるほか、製菓製パンの技術、さらにワインや接客サービス・店舗経営など、プロの料理人に必要な知識を総合的に習得することができる。
「例えば、パティシエを目指して一流ホテルに就職すると必ず製菓以外の調理技術が求められるシーンに直面します。どのジャンルを目指すにしても社会に出たときに、経営やサービスの知識も含めた総合力が大きな強みになるのです」
一方、昼間部2年制の栄養士科は、定員120名。「調理のできる栄養士」を養成するカリキュラムを掲げているのが特徴だ。「栄養士」の資格取得に向けた勉強はもちろん、栄養学に基づいた調理の技術まで、実験・実習を通して幅広い知識・技術を習得することができる。
卒業時に「栄養士」の資格取得後、3年間の実務経験を積むと「管理栄養士」の受験資格を得ることができる。服部栄養専門学校では、卒業生を対象にした「管理栄養士国家試験準備講座」を用意するなど、卒業後のサポートも行っている。
「栄養士科と調理師科が共存しているのが、本校の特徴であり、強みでもあります。実際に調理を学び、あたたかい料理、おいしい料理をつくれるようになった栄養士が考えるメニューやレシピは、数値だけで割り出した内容とはまったく違うものになります。
現在、本校では渋谷区の学校給食のメニュー考案をサポートしているのですが、おいしくて栄養バランスがよいメニューを開発するため、まず調理師がメニューをつくり、栄養士が栄養価を計算して調整する手法を採っています。栄養があって味もいいと好評です」
健康志向が高まるなか、栄養学や食品衛生の知識にますます注目が集まるのは間違いない。そんな時代背景もあり、服部栄養専門学校では、栄養士科を卒業後、調理師科に入学して、本格的に調理の技術を身につける学生も数多くいる。逆に調理師科を卒業後、栄養士科に入学する学生も一定数いるという。
コロナ禍を経て、飲食業界は転換期にある。服部校長は今、現場ではどのような人材が求められていると考えているのだろうか。
「料理の世界は今も昔も変わらず、基本を身につけることが何より大切です。
働き方改革の影響で、現場では8時間労働を守らなければならない。これ自体は悪いことではないのですが、時間に縛られていては、基礎が身につかないと私は危惧しています。
今後は、社会に出てからも前向きに学び続ける姿勢がますます重要になるでしょう」
そんな服部校長が、学生や同校の講師たちにアドバイスする際のキーワードは「完コピ」だ。
つまり、プロの技術を完全にコピーすること。例えば、修業中のピアニストは、プロの演奏を真似て、徹底的に練習を繰り返す。演奏者によるちょっとしたタッチの違い、リズムの違いを聞き分け、「完コピ」したとき、自分なりの演奏ができるようになるという。
これは料理人の世界でも同じだというのが服部校長の持論だ。
そのため、同校の講師には、さまざまな有名店の看板料理を食べ、それを「完コピ」する課題が課される。つくった料理は服部校長が自らジャッジし、調理法や味付けの差異を細かく指摘するという。
「学生を指導する講師が折に触れて、名店の味をコピーし、校長にチェックされるというのは厳しい課題だと思います。明確なレシピがあるわけではありませんからね。文字通り、自らの感性を総動員して名店の味を再現しなくてはなりません。
『真似ること=学ぶこと』。講師がこのような『完コピ体験』をするからこそ、学生にも一流の味を模倣することの大切さを伝えられるのです」
その背景には、服部校長の少年時代の原体験があった。
小学4年生のとき、父親から天丼をつくることを命じられ、最初は「まずい」と言われたものの、祖母と一緒に天ぷらの名店を巡り、次第に父親を唸らせる天丼がつくれるようになっていく。その過程で、自らも「完コピ」の重要性を思い知ったのだという。
「学生には、とにかく魚の捌き方など、基本的なことを徹底的にやりなさいと指導しています。
また、当校では経験豊富な専任講師陣のほか、特別講師として料理界の第一人者たちから直接指導を受ける機会があります。これこそ『完コピ』を目指すまたとないチャンスといえるでしょう」
ほか著名料理人が多数在籍
服部栄養専門学校を語るうえで、忘れてはいけないのが、特別講師陣の顔ぶれだ。
赤坂四川飯店の陳建一氏、ラ・ベットラの落合務氏、ラ・ロシェルの坂井宏行氏、オテル・ドゥ・ミクニの三國清三氏……と枚挙に暇がない。これこそ服部校長が積み上げてきた強力な業界ネットワークによるものといえるだろう。
このコネクションは、もちろん就職活動の面でも大きな強みになっている。
「特別講師による授業を通じて自らのスキルを売り込んで、その後、その店への就職を実現した学生の事例も豊富にあります。
最近の学生は真面目な半面、自発的に動けないところがあります。目の前でカリスマ料理人が指導をしてくれるという大きなチャンスがあるのだから、どんどん利用してほしいですね」
こうしたエピソードを聞くと気になるのは、やはり近年の就職状況だろう。コロナ禍で厳しい状況と思われがちな飲食業界だが、人材は慢性的に不足している状況で、現在、服部栄養専門学校には、学生ひとりにつき、18件以上の求人が寄せられているという。
一流の専任講師、特別講師の熱心な指導を受けた卒業生たちはホテル、レストラン、パティスリー、病院、学校、保育施設など実に幅広い現場で活躍している。
では、調理師や栄養士になりたいと思う高校生は、卒業までに何をしておくべきだろうか——。最後に服部校長から料理の世界を目指すためのアドバイスをいただいた。
「やはり(調理師・栄養士として)社会から必要とされる人間になってほしいと思いますね。例えば、上司より少しでも早く職場に着いて、準備をする。そんな意識を持てるようになってほしい。
そこで試されるのは、家庭で培ってきた経験です。幼少期から家で手伝いをしてきた子は、自発的に動けるので、職場で高く評価されるということが調査でも明らかになっています。
家の手伝いをする。『いただきます』『ごちそうさま』を言う。そんな当たり前のことが特別になりつつあります。ご家庭でも改めて『食育』と向き合ってほしいと思います」
服部栄養専門学校
服部 幸應 校長
1945年、東京都生まれ。立教大学卒。昭和大学医学部博士課程学位取得。医学博士。日本食普及の親善大使。2005年に世界初となる「食育基本法」成立に尽力。農林水産省「食育推進会議」委員・「食育推進評価専門委員会」座長として、食育の普及活動を続けている。「食育入門」(YAGUMI)など、「食育」に関する著書多数。
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