林真理子理事長 特別インタビュー
2022年7月、直木賞作家で、日本大学芸術学部の卒業生でもある林真理子さんが、日本大学理事長に就任した。
このニュースに、懐疑的な反応を示す大学関係者も多かった。
しかし、林理事長は週5日、フルタイムで大学に勤務し、「学生ファースト」の改革を着実に進めている。
そんな林理事長に新生「日本大学」のビジョンについて伺った。
聞き手・構成 河村卓朗(SINRO!編集長)
エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でデビューしてから40年。直木賞作家・林真理子さんに新たな肩書きが加わった。それは日本大学理事長。学生数6万6000人を超える日本最大の大学の経営トップに選任されたのだ。
現在は、週5日、日本大学の本部に通勤しているという林理事長。当然ながら日中は、作家活動はできない。ここからも大学経営の改革を担う「本気度」がうかがえる。
日本大学芸術学部の卒業生である林理事長は、かつて週刊文春のコラムで、「日大を変えたい」という意思を発信していたこともある。その母校愛が通じ、今回、理事長候補として声がかかった。
「一連の報道で、母校である日大の将来に危機感を覚えました。何より卒業生として、現役学生のために何かしたいと思ったのです。それでも理事のひとりならともかく、理事長を務めることになるとは思ってもいませんでしたね」
理事長就任後、「N・N(ニュー日大)キャンペーン」を掲げ、メディアの取材にも積極的に対応している。男性のみだった理事会に、女性理事9名が登用されるなど、ダイバーシティの推進も加速している。就任から約3か月が経った今(2022年10 月初旬)、現場に変化は見えてきたのだろうか。
「理事会は非常に風通しがよくなったと思っています。日大をこうしたい、こう変えたい……という活発な議論があり、会議が4時間近く続くような日もあります。
ただ、目指す方向はひとつで、とにかく『学生ファースト』ということ。こんなときこそ、後ろを向いていてはいけません。酒井健夫学長と連携しながら、経営トップの理事長として、教学面のバックアップに力を入れていきたいと考えています」
「過去との決別」「膿を出し切る」といった強い言葉で、新体制について語る林理事長。その発言のなかで印象に残ったのは、「教学を担当する現場に一切責任はない」ということ。本人も現場を視察するなかで、日本大学が誇る教員、設備、研究実績に触れ、そのレベルの高さに驚かされているという。
「理事長になるまで大学の現状について詳しく知りませんでしたが、学生たちの意識の高さ、そして、何より楽しそうな姿に、日々感銘を受けています。
このスケール感と学びたいものがなんでもそろう環境は、日本国内はもちろん、世界的にも珍しいでしょう。学長が積極的に取り組む学部連携の学びを拡充するために、私も協力したいと思っています」
芸術学部の学生時代は、クラブ活動やアルバイトにいそしんだという林理事長。就任後は、各キャンパスを視察しながら、自身が描いていた日本大学のイメージを現代版にアップデートしている。
卒業生として、理事長として感じる現在の日本大学の魅力は、どのようなところだろうか?
「改めて日大の卒業生ネットワークの強さを感じますね。123万人を超える卒業生たちが、政界、財界、芸能界など、幅広い分野で活躍しています。
このネットワークは当然、就職活動でも大きな強みになります。毎年、日大の学生だけのために200社以上の企業が集まる『合同企業研究会・就職セミナー』が東京国際フォーラムで開催されていることがその一例です。
一連の報道の影響を受けた昨年度も卒業生の就職実績は堅調で、特に公務員採用の実績の高さは、多くの皆さんに知っていただきたいですね」
日本大学は、公務員試験に強い大学として、以前から認知されてきた。国家公務員総合職をはじめ、公務員を目指すすべての学生に対して、きめ細かいサポートを行っている。
その成果もあり、国家公務員採用総合職試験18人合格、都道府県市区町村職員544人、自衛官37人、警察官129人、消防官53人採用と、全国トップレベルの実績を誇っている。
卒業生の輪は日本中に広がっており、全国どこにいても日本大学の先輩を探すことができる。そのネットワークの一員になれるのも大きな強みだろう。林理事長も「このスケール感こそ日本大学のブランド」と意気込んでいる。
※1 2022年度 公務員試験合格者数
※2 日本大学 2023年度 進学ガイドより引用
一方で、国民的作家・林真理子が日本大学に帰ってきたからには、何か面白いことが始まるのではないかという期待も高まる。自ら教壇に立つようなことはあるのだろうか。
「私もイベントなど、さまざまな場面で学生にメッセージを発信していきたいと思っています。また、さまざまな分野の著名人を講師として招くセレクト講座などもやりたいですね。そこは私がメディアで培ってきたネットワークをフルに活用するつもりです。
学生たちには、とにかく価値観の異なる“異人種”に会ってほしい。日本大学のキャンパスで未知の考え方や刺激に触れ、大きく視野を広げてほしいと思っています」
林理事長といえば、筆一本でベストセラー作家の道を登り詰めた努力家でもある。
2013年の著書『野心のすすめ』(講談社現代新書)では、「やってしまったことの後悔は日々小さくなるが、やらなかったことの後悔は日々大きくなる」と語るなど、とにかく積極的に自らの道を切り拓いてきた。そんな林理事長の目に今の学生たちはどのように映っているのだろうか。
「私は、何者かになりたいと思って、必死に努力して、目の前のことをやり遂げてきました。ところが今は、努力する人を叩くような風潮がありますよね。これは日大生に限りませんが、若い世代のなかには身の丈にあった生活、食べていければOKみたいなことばかり言う人もいます。
私はそれでは、世界的な競争に負けてしまうと思うのです。やはりこれからは、チャレンジする学生を増やしたい。日大からも起業して、世界に出ていくような人材をどんどん育てたいですね。起業支援のような仕組みをつくって、大学でもバックアップしていきたいと思います」
就任後、数々のキャンパスを視察するなかで、千葉県船橋市にある理工学部のキャンパスの設備に驚かされたという林理事長。宇宙開発からナノテクノロジーまで、先端研究をサポートする巨大な施設群をもっともっと対外的に発信していかなければならないと熱く語る。
さらにグローバル都市・東京の中心で学べる経済学部の神田三崎町キャンパス、海と里と山の自然を満喫しながら学べる生物資源科学部の湘南キャンパスなど、学ぶ環境の選択肢が広いことも日本大学の大きな魅力といえるだろう。
「日大に戻ってきて、私自身が本当にワクワクしています。発信すべき素材がこれだけあるのですから、広報でも何か新しいことをやっていきたいですね。
できれば、そこに女性理事長ならではの細やかさを加えていきたい。ダイバーシティを推進するために、女子学生の活躍をより一層支援していきたいという考えもあります。やはり、女子学生が元気な大学っていいですよね」
「N・N(ニュー日大)」を知るには、オープンキャンパスなどの機会を利用して、学生や教員と触れ合うのがいいだろう。
林理事長も繰り返すように、世間の騒ぎをよそに、現場の教員たちは、自らの研究と学生の教育に専念してきた。そこに経営サイドの新しい風が加わり、日本大学は、今、まさに新たな一歩を踏み出した。
「日大には、学長をはじめ、すばらしい教職員がたくさんいます。さらに、ありがたいことに、公認会計士や弁護士などお金の流れがわかる方、学校経営に詳しい方など、多くの方が力を貸してくださる状況にあります。
日大は大きく変わろうとしています。私はそれに応えないといけない。非常に大きな使命ですが、必ずやり遂げたいと思っています」
日本大学
林 真理子 理事長
1954年、山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒業。1982年、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』で文壇デビュー。86年、『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞受賞。ほかに『白蓮れんれん』(柴田錬三郎賞)、『みんなの秘密』(吉川英治文学賞)など著書多数。近著に『小説8050』、『奇跡』など。